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1996年2月27日(火)
夕方から、彼女の通夜だった。
行くのが怖かった。
彼女の母にどんなに罵倒されるだろう。
私は、彼女の母にとって怨んでも恨みきれない相手だ。
彼女を死に追いやった張本人なのだから。
それでも、私は行かないわけにはいかない…。
斎場までの道は、信じられないほど暗い道だった。
まるで悪夢の中を歩いているような頼りなさで、
私は斎場へと向かっていた。
ほの明かりとともに、人のざわめきが聞こえてきた。
彼女の学生時代の友達らしきグループが、固まってささやいている。
「拒食症で精神科の病院に通ってたんだって。」
そうか、そういうことになっているのか。
それならよかった。
誰とも顔をあわせないように、うつむいたまま彼女の霊前へ進む。
しかし、お線香をあげ手を合わせていると、
私は、色んなものがこみ上げてきて、我を失った。
「馬鹿やろう!! 戻ってこい。戻ってもう一度ちゃんとやり直せ ! 」
体が震えて止まらなくなった。
逃げるように霊前から離れようとしたその時、
すっと、彼女の母らしき人が近寄り、私の肩を抱いた。
『さなえさんでしょう? どうぞ顔を見てやってください。』
言葉が出ないほど驚いたけれど、黙って頷き棺に向かう。
その壮絶な死のわりには、彼女は綺麗な穏やかな顔をしていた。
『…さなえさんのお話は、いつも聞いてましたよ。
トルコ旅行から帰ってきてからは、
「一緒に旅行して、あんなに楽しかった人は初めて。」とか、
「誰と旅しても、みんな私に任せっぱなしで、疲れて仕方なかったんだけど、
さなえさんとだと、自由にのびのび出来る。すっごく楽しい旅行だった。」
とかって、何度も何度も聞かされましたから。
あの子は、本当にさなえさんが好きだったんです……。
なのに、…そんな人に、こんな、こんなご迷惑をかけるなんて、
ほんとに、本当に、ごめんなさい。』
「そんな…。私こそ…。」
…救われた。
周りの友達に色々言われて、否定はしてたけど、
心のどこかで、「もしかして私、彼女に嫌われていたの?」
という疑問にさいなまれていた。
思ってもいなかった、お母様のこの言葉で、
私の心に突き刺さっていた氷のトゲが一つ、静かに溶けていくのを感じた…。
・−・−・−・−・−・−・−・−・
あれから10年。
彼女の家族とは一度も連絡をしていない。
命日の度に御連絡を差し上げようかと思うのだが、
思い出したくないこともあるだろう。
このままそっとしておくのが一番いいのだ。
だって、私は忘れないのだから。
彼女の事を一生…。
3年前、縁あって7歳で我が家に来た猫のミルは、
まもなく10歳の誕生日を迎える。
でも、実は正確な誕生日はわからない。
ふと、
「ねぇ、もしかして、ミルってAちゃんの生まれ変わりなの?」
と、ミルに聞いてみた。
もちろん返事はない。
そんなわけ、ないよね。
そう言って、ミルの頭を撫でる。
Aちゃんの生まれ変わり?
そんなわけ…ないよね…。
・−・−・−・−・−・−・−・−・
追記
Aちゃんの事件以来、
ありえないような不思議な縁で付き合い始めて10年の彼と、
彼女の命日を待たず別れることになった。
別に、ケンカをしたわけではない。
唐突に、別れざる得ない事件が起こっただけだ。
「縁」という、摩訶不思議な流れの中に身をゆだね、
そうして、10年目にめぐってきた一つの「節目」。
単なる思い込みかもしれないが、
人生に付きものの、この二つのワードが、
何か大きな意味を持って、今、私の前にある。
10年間、常に私の中にあった大きなわだかまりと後悔。
10年目にしてやっと、彼女のことを書くことが出来、
その怒涛の日々を精神的に支えてもらった人とは、今、別々の道を歩もうとしている。
10年間、私の中に封印されていたなにかから、
やっと今、卒業できるのかもしれない。
☆・゜・。・・☆゜・。・。。・゜☆
『10年目の命日』に、6日間お付き合いくださいまして、ありがとうございました。<(_
_)>
あまりに重いお話で、ブログ向きではなかったと反省していますが、
どこかで区切りをつけなければという思いで、一気に書ききりました。
昨日、「Bさん」からメールがあって、
「社長が悪者になりすぎてて少し可愛そう」と言われました。
ちょっとそんな書き方になっていたところがあったら、ごめんなさい。
社長も、もちろん彼女を可愛がってた事は間違いありません。
社長が気に入って入社させた子だし、
事件が発覚した時も、「2度とこんな事をしないように。」と考えての温情でしたし。
もちろん、彼女の死には、ものすごく動揺してました。
その後の対処の仕方に、若干批判もあったようですが、、
嫌な事を押し付けた私には、何も言う権利はありません。
「社長なんかに任せた私が悪い」と思ったというのは、
「人になんか、任せてはいけなかった」という私の反省です。
誰も彼も、一体どうしていいかわからない、
そして本当は、今でもよく判らない…出来事でした。
人の心の中に、どれだけ踏み込んでいけばいいのか、
どれだけ踏み込んではいけないのか…
あまりに難しいことで、一概には何も言えないと思います。
ただ、私も、Bさんも、周りの人も、みんないまだに彼女の事が好きです。
それだけが救いです。
合掌 |
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