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2日後…。
彼女の姉から電話がかかってきた。
とてもサバサバした口調で、
『ご迷惑かけて、本当にすみません。
あの子が使ったお金、お返しします。おいくらでしょうか?』
と、聞いてきた。
「そんなことより、Aちゃんは見つかりましたか?」
『まだなんです。どこで何をしているのか…。本当に馬鹿なんだから。』
お姉さんもまた、必死で自分自身と戦っているのだと感じ、
私は、それ以上何も聞けなくなってしまった。
彼女に金額を伝え、翌日会う約束をした。
2月23日(金)、午後5時半。
駅の改札で待ち合わせをし、お金を返していただいた。
お姉さんの話によると、
Aちゃんのお友達にも皆連絡して、必死で探しているけれど、
まだ消息はつかめないとの事だった。
失踪して、丸4日がたっていた…。
「大丈夫ですよ。まだ見つかってないって事は、
きっと私達の知らない男の人の家かなんかに転がり込んでるんですよ。
ほとぼりが冷めたら、帰ってきますよ。」
と、私。
『どうなのかな。正直、もうあきらめているんですけどね…。
あの子は、子供の時にも、近所のパン屋でクリームパンを盗んだ事があったんです。
その時きつく叱られたから、もうそんな癖はなくなったと思っていたのに…。
その事件のあとは、本当に別人かと思うぐらいいい子になったんです…。』
何もいえなかった。
もちろん、家族だから、一番、無事に帰ってきて欲しいと願っているだろう。
だけど、家族だからこそ、帰ってきてからの彼女の地獄の苦しみも想像できて、
こんな言葉になったんだと思う。
そう、本当に、まれに見るいい子だった。
それは家庭の中でさえ、…だったようだ。
だからこそ、その仮面が剥がされた場所に、
彼女はとても戻れないだろう事は容易に想像できた。
なのに…。
何故、追い詰めてしまったのだろう。
社長なんかに任せなければよかった。
私が、勇気を出して、彼女を怒ればよかったのだ。
そうすれば、彼女は、もう私の前には顔を出せなくなっても、
それ以外の居場所は確保できたのだ。
私が追い詰めたようなものだ。
判っていたのに…。
人に任せれば大事になると、どこかで判っていたはずなのに。
私は怖かっただけだ。彼女が私の前から去ることが…。
それでも私は、必死に想像していた。
彼女が、誰か知らない男の人の庇護の下にいることを…。
1996年2月25日(日)…。
その日は、朝から、ボランティアでティボールの大会の司会に行ったり、
午後は、ラクビー日本選手権の決勝に行ったりして、慌しい一日だった。
試合後、彼に迎えに来てもらって、早めの食事に行った。
夕方から、冷たい雨が降り始めていた。
家に帰り着いてすぐの、夜7時過ぎ頃…
ついに…。
その電話が、かかってきてしまった。
社長からだった。
『Aちゃんの遺体が見つかった…。
昨日発見されて、今日家に連れ帰ったそうだ。
家から50メートルと離れていないビルから飛び降り、
ほとんど人の出入りがない裏庭に落ちたので、発見が遅れたようだ。
多分、23日(金)の午前5時ごろ飛び降りたんじゃないかと言われたらしい。』
当時は、まだ地球温暖化の影響など、ほとんど出でいなかったから、
2月は一年で一番寒い時期だった。
今週始めの、春のような暖かい日など一日もなかった。
2月19日の夜中に、着の身着のままで家を飛び出し、3日半。
お金も持っていなかったというから、
物も食べずに、そのビルの踊り場にうずくまっていたのだろうか?
空腹と寒さで、朦朧として、何も判らなくなっていたのかもしれない。
…2日前、私が彼女のお姉さんと会った時には、
彼女はもうこの世にはいなかったのだ。
お姉さんが、『もうあきらめています。』と言い、
私が、無理な妄想をしていたとき、彼女は何を思っただろう。
社長の電話に、私はほとんどろくな返事も出来ず、ただ、黙って聞いていた。
しかし、電話を切った後、われに返って、Bさんに電話をした。
Bさんは泣いていた。
『何で社長なんかに任せちゃったんだろう。
あの人には、うまく収める事が出来ないのは判かっていたのに。』
「私が悪いんです。自分でちゃんと話すべきだったんです。」
『いや、僕もつらくて社長にまかせっきりにしたんだ。
僕が一番親しかったのだから、僕が言うべきだった…。』
涙が止まらなくなった。
何か、何か方法はなかったのか。
彼女のこの悪い癖を止め、なおかつ、こんな悲しい結末にならない方法が…。
いくら考えてもわからなかった。
ただ、自分が彼女を追い詰めたという事実だけが、
現実として目の前に転がっていた。
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