10年目の命日(2006年記)  
<NO6>
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私は完全に現実逃避していた。

とても私の口から、彼女に問いただす事など出来ない。
でも、このままほおっておいたら、彼女は告訴されてしまう。
時は月末。
私は、毎月月末に、
その月の仕事の請求書を各会社に送っていた。
そして、請求書には必ず
担当者宛の一言メッセージを入れることにしていた。

私は、彼女が勤めていた会社の担当者に手紙をしたためた。
その方は、私に仕事を発注してくれたご本人で、
Aちゃんを紹介してくれた方。
彼女や他の仲間と一緒に食事をしたことも何度もあって、
Aちゃんの上司ではあるけど、プライベートでもわりと仲のいい間柄だった。
相談するとしたら、この人しかいなかった。

「お忙しいところ申し訳ありませんが、ちょっと相談に乗っていただけませんか?
Bさんに関係ないと言えばないことなんですが、
縁があるといえば、少しは縁のある話なので、是非よろしくお願いします。」

えらい回りくどい書き方だったが、
私にはこれ以上はっきり書くことなど、とても出来なかった。
ところが…。

Bさんから、翌日電話がかかってきた。
そして、開口一番、
『Aちゃんの事?』と、聞いてきた。
「えっ…。何故、どうして判るんですか?」
『やっぱりそうか。
実は、彼女が会社をやめるにあたって色々あってね…。』

・・・・・・・・

Aちゃんは、ダイビングをやっていて、
社長とは、そのダイビングショップで知り合い、その縁で入社した。
社員の中には、同じようなダイビング仲間も何人かいて、
つまり、社内の人間は、彼女のプライベートな部分もかなり見ていた。
そして、最初にも書いたように、皆口をそろえて、
『彼女は本当にいい子だよね。』という。

彼女が入社して、しばらくしてから、
会社のお金が無くなるという事件が始まっていた。
最初は、
社員が引き出しの中にためている500円玉がなくなったとか、その程度のものだった。
皆も、
『あれ、入れてたと思ってたけど、自分の思い違いかな?』
と、大して気にしていなかったらしい。

ところがある日、経理担当の女性が昼食にいっている間に、
手提げ金庫の中に入れておいた現金が無くなる事件が発生した。
外部からの侵入か、内部犯行か…。
ついに、警察を呼ぶ騒ぎになった。
しかし、警察では、
『外部からの侵入ではありません。内部犯行です。』
という判断に。
そして、経理担当の女性が、嘘をついていると疑われ、
その子は会社を辞める羽目になった。

経理の子が辞めてから、しばらく、お金が無くなる事件が鳴りを潜めたので、
『やはり彼女が犯人だったのか・・・』
そう皆が思い始めた頃、又、お金のなくなる事件が始まってしまった。
社長がデスクの引き出しの中にしまって置いた 封筒の中の1万円札が、
毎日1枚ずつ減っていくのだ…。
まだ、社内に犯人は残っていたのか。
頭を痛めた社長は、一計を案じる。

まだ、やっと携帯が一般人でも何とか手に入り始めた頃なので、
もちろん、メールなど誰も使っていない時代。
ただこの会社は、コンピューターのソフト技術を取り扱っていた会社なので、
電話を使った、社員への「一斉告知システム」が出来ていた。
それを利用して、社員全員が聞けるシステムに、
『今日、デスクの上に置いた金を盗んだところを、隠しカメラで撮った。
このまま警察へ持っていってもいいが、本日中に謝罪に来れば、告訴はやめる。』
みたいな告知を入れたらしいのだ。

そして、その日現れたのが、
誰も…
もちろん、社長も、Bさんも…予想だにしなかった…
Aちゃんだったのだ。

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