10年目の命日(2006年記)  
<NO8>
NO7へ戻る
それから1週間…。
社長が彼女に対してどんな対処をしているのか、連絡がないから判らない。
Bさんから、社長と彼女が話し合っているらしいことは聞いたが、
『僕も、社長から細かい事は聞いてないので、良く判らないんだ、ゴメンね。』
とのことで、不安な日々を過していた。

私は基本的に、人に相談したり愚痴ったりするのが嫌いなたち。
でも、毎日のように色んな友達に会ったり、電話を貰ったりしてたから、
その時に、『今何してるの?』なんて近況を聞かれたら、
「カード使われる事件があってね。」なんて話は少しした。
そして、ある程度仲のいい子たちには、Aちゃんの事も話した。
でも、その反応は、私にはきつかった。

多分、私を慰めようとしての発言だとは思うのだけど、
「お金のことは、もう全然気にしてないんだけど。」
って言ってるのに、
『お金、3万円は惜しいよね。私もお財布落とした時、1年ぐらい悔しかった。』
って見当外れな事を言う子。
「彼女は私にとって、本当にいい子だったんだよ。」
って言っているのに、
『それって、彼女は最初からあなたのお金が目当てだったんじゃないの?』
と言う人。
「私が不注意でお財布なんか落としたから、
彼女もつい、そんな馬鹿なことをしたんだと思う。」
って言ってるのに、
『計画的だったのよ、絶対。
アンコールのスタンディングの時、カバンから抜き出したに違いないわ。』
って言う子。

不愉快だった。
そりゃあ、彼女が悪いよ。
そんなことは判ってるさ。
でも、彼女が何でそんなことをしたのか、
私は、そっちを考えようと、必死で思っているのに、
何でそんな、傷口に塩を塗るような事を言うのかな。

逆に男の子たちは、
当時、私のことを好きと言ってくれている人達が何人かいたけれど、
少なくともカード事件のことぐらいは話してるのに、
次に電話がかかってきたとき、
「例のショックな事件の続報なんだけどね…」
というと、
『えっ、どんなショックな事があったの?』みたいに、
全然私の事なんかに興味がない…、
単に、≪自分の話を聞いてくれるさなえちゃん≫が必要だっただけ…
って事がはっきり判ってしまった。
…いや、本当はわかっていたのだ、そんなこと。
でも、それでもかまわないと思っていた。
人の話を聞いてあげるのは嫌いではない。
むしろ、「必要とされている」という喜びを与えてくれる行為だ。
だから、友達としては、そういう人たちも私には必要だ。
だけど、この時の私には、耐えられなかった。
こんな人たちは必要ないとまで思ってしまった。

もう、みんな、どうでもよかった。
私は完全に自分の殻にこもった。
女友達も、自分勝手な男友達も、もうどうでもいい。
彼だけは、黙って私の話を聞いてくれる。それだけでいい。
完全に逃避だった…。
私こそ、彼自身の事など何も考えていなかったのかもしれない。
ただ単に、黙って私の話を、聞いて、頷いてくれる人が欲しかっただけかもしれない…。

今、スケジュール帳を見返すと、
仕事以外にも、毎日、ボランティアだ営業だと出歩き、
そのどれもない日も、誰かしか知人と会っている。
私のプライベートを知らない人達、
プライベートを話さなくてすむ人達、
彼女のことを話さなくてすむ人達との時間が、
私には必要だったのだ…。


その後、2度ほど、社長から電話が来て、
『Bさんから話は聞いたけど、もう少し詳しく教えて欲しい。』
と聞かれた。
でも、Bさんに話したこと以外は、私も何もわからない。
だから、同じ話を繰り返すしかない。
私にはつらい時間だった。

そして、Bさんと電話で話してから3週間になろうとする頃…。

『火曜日にAちゃんと会う約束をした。
彼女の両親も呼ぶように言ってある。さなえちゃんも来てくれる?』
と、社長からの電話。
「えっ、私、行かなきゃダメですか? 彼女の顔、今は見たくないのですが。」
『う〜ん、隠れていていいから来て欲しい。』

多分、社長自身も、一人で行くのが不安なのだろう。
私も、人にイヤな役回りを押し付けた手前、嫌とは言えなかった。

『全日空ホテルのロビーに4時の約束してあるから、
その1時間前に来て欲しい。色々打ち合わせがあるから。』
…打ち合わせ?なんの?
意味がわからなかったが、
社長も、緊張を解くために私が必要なのだろうと理解して、しぶしぶOKをした。


1996年2月20日(火)

全日空ホテルのロビーでお茶をしながら、
社長がこれまでどれだけ彼女を可愛いがっていたか、
それを裏切られてショックだとかいう話を聞かされた。
4時少し前に、促されて、社長を残し、私は奥のテーブルへ。

私からは、社長ははっきり見えなかったが、
4時半を回っても、5時になっても、
人と話している気配はなかった。
…そして、社長は私のところへやってきた。


『Aちゃん、失踪したそうだ…。
今、家に電話をしたら、両親は会社のお金を盗んだ事など何も聞いていなかったし、
それどころじゃないと怒鳴られた。
部屋に、目張りがしてあって、ガス自殺しようとした形跡があるそうだ。
財布も洋服もそのままで、
パジャマにコートを引っ掛けた状態で、表に飛び出したと言っている。
とにかく、今日はもう誰も来ないので引き上げよう。』

失踪? 自殺未遂?
その二つの単語が私の頭の中でぐるぐる回っていた。

次へ
エッセイのページへ戻る