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それから1週間…。
社長が彼女に対してどんな対処をしているのか、連絡がないから判らない。
Bさんから、社長と彼女が話し合っているらしいことは聞いたが、
『僕も、社長から細かい事は聞いてないので、良く判らないんだ、ゴメンね。』
とのことで、不安な日々を過していた。
私は基本的に、人に相談したり愚痴ったりするのが嫌いなたち。
でも、毎日のように色んな友達に会ったり、電話を貰ったりしてたから、
その時に、『今何してるの?』なんて近況を聞かれたら、
「カード使われる事件があってね。」なんて話は少しした。
そして、ある程度仲のいい子たちには、Aちゃんの事も話した。
でも、その反応は、私にはきつかった。
多分、私を慰めようとしての発言だとは思うのだけど、
「お金のことは、もう全然気にしてないんだけど。」
って言ってるのに、
『お金、3万円は惜しいよね。私もお財布落とした時、1年ぐらい悔しかった。』
って見当外れな事を言う子。
「彼女は私にとって、本当にいい子だったんだよ。」
って言っているのに、
『それって、彼女は最初からあなたのお金が目当てだったんじゃないの?』
と言う人。
「私が不注意でお財布なんか落としたから、
彼女もつい、そんな馬鹿なことをしたんだと思う。」
って言ってるのに、
『計画的だったのよ、絶対。
アンコールのスタンディングの時、カバンから抜き出したに違いないわ。』
って言う子。
不愉快だった。
そりゃあ、彼女が悪いよ。
そんなことは判ってるさ。
でも、彼女が何でそんなことをしたのか、
私は、そっちを考えようと、必死で思っているのに、
何でそんな、傷口に塩を塗るような事を言うのかな。
逆に男の子たちは、
当時、私のことを好きと言ってくれている人達が何人かいたけれど、
少なくともカード事件のことぐらいは話してるのに、
次に電話がかかってきたとき、
「例のショックな事件の続報なんだけどね…」
というと、
『えっ、どんなショックな事があったの?』みたいに、
全然私の事なんかに興味がない…、
単に、≪自分の話を聞いてくれるさなえちゃん≫が必要だっただけ…
って事がはっきり判ってしまった。
…いや、本当はわかっていたのだ、そんなこと。
でも、それでもかまわないと思っていた。
人の話を聞いてあげるのは嫌いではない。
むしろ、「必要とされている」という喜びを与えてくれる行為だ。
だから、友達としては、そういう人たちも私には必要だ。
だけど、この時の私には、耐えられなかった。
こんな人たちは必要ないとまで思ってしまった。
もう、みんな、どうでもよかった。
私は完全に自分の殻にこもった。
女友達も、自分勝手な男友達も、もうどうでもいい。
彼だけは、黙って私の話を聞いてくれる。それだけでいい。
完全に逃避だった…。
私こそ、彼自身の事など何も考えていなかったのかもしれない。
ただ単に、黙って私の話を、聞いて、頷いてくれる人が欲しかっただけかもしれない…。
今、スケジュール帳を見返すと、
仕事以外にも、毎日、ボランティアだ営業だと出歩き、
そのどれもない日も、誰かしか知人と会っている。
私のプライベートを知らない人達、
プライベートを話さなくてすむ人達、
彼女のことを話さなくてすむ人達との時間が、
私には必要だったのだ…。
その後、2度ほど、社長から電話が来て、
『Bさんから話は聞いたけど、もう少し詳しく教えて欲しい。』
と聞かれた。
でも、Bさんに話したこと以外は、私も何もわからない。
だから、同じ話を繰り返すしかない。
私にはつらい時間だった。
そして、Bさんと電話で話してから3週間になろうとする頃…。
『火曜日にAちゃんと会う約束をした。
彼女の両親も呼ぶように言ってある。さなえちゃんも来てくれる?』
と、社長からの電話。
「えっ、私、行かなきゃダメですか? 彼女の顔、今は見たくないのですが。」
『う〜ん、隠れていていいから来て欲しい。』
多分、社長自身も、一人で行くのが不安なのだろう。
私も、人にイヤな役回りを押し付けた手前、嫌とは言えなかった。
『全日空ホテルのロビーに4時の約束してあるから、
その1時間前に来て欲しい。色々打ち合わせがあるから。』
…打ち合わせ?なんの?
意味がわからなかったが、
社長も、緊張を解くために私が必要なのだろうと理解して、しぶしぶOKをした。
1996年2月20日(火)
全日空ホテルのロビーでお茶をしながら、
社長がこれまでどれだけ彼女を可愛いがっていたか、
それを裏切られてショックだとかいう話を聞かされた。
4時少し前に、促されて、社長を残し、私は奥のテーブルへ。
私からは、社長ははっきり見えなかったが、
4時半を回っても、5時になっても、
人と話している気配はなかった。
…そして、社長は私のところへやってきた。
『Aちゃん、失踪したそうだ…。
今、家に電話をしたら、両親は会社のお金を盗んだ事など何も聞いていなかったし、
それどころじゃないと怒鳴られた。
部屋に、目張りがしてあって、ガス自殺しようとした形跡があるそうだ。
財布も洋服もそのままで、
パジャマにコートを引っ掛けた状態で、表に飛び出したと言っている。
とにかく、今日はもう誰も来ないので引き上げよう。』
失踪? 自殺未遂?
その二つの単語が私の頭の中でぐるぐる回っていた。
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